11月

2017.11.30木

雑感

新しい本を書いています。長い長い本(自分にとっては)。これまでの続きの部分もあり、新しい挑戦でもあり。昨日までに一章と三章を書きあげて、ここで折り返し地点。ぜんぶで四章仕立てになる予定です。すべてを書きあげてみないと、どのような姿になるか、自分でも想像できていないところがあり、ただただ一つ一つ、一歩一歩、書き進めているさなかです。

9月の日々の記に「八月のあいだは、ずうっと原稿を書いておりました。」と書きましたが、その本が来月初めにできあがります。『福を招く旧暦生活のすすめ』(サンマーク出版)という本。今年の初夏ごろだったかに、ふと企画のしっぽのようなものに指先がふれて、縁に恵まれて版元さんが決まり、八月にせっせと執筆していました。いままで旧暦のことや季節のことなどについて、あちこちで話をさせていただいてきたことを、ある意味でまとめた、というような内容になっているかと思います。こんなふうに感じて、考えて、思っているんだな、と知っていただけたら。そして、願わくは、読んだ人が幸せになってくれたら。と、夢のような、理想のような、そんなことばかりを願って、書いたものです。いまの状況は、人が幸せを感じることがむつかしくなっています。そうだからこそ、なら、幸せってなんだろう? どうしたら幸せになれるんだろう? ともやもやしつつ、でもそんなことはわからず、ただ、自分の知っていることの範囲の中で、これなら語れるのでは、と思えるものとして、この本にあるようなことを書きました。だから、白井の愛がこれでもかこれでもかと詰まっています。

いま発売中の『天然生活』1月号の別冊付録カレンダーの監修をしました。かわいらしい旧暦カレンダーですよ。よかったら。それから来月出る『一個人』1月号でも、付録のカレンダーの文章など書いています。こちらもよかったら。

来月から『PHPスペシャル』という雑誌で、小さな欠片のような言葉の連載をはじめます。よかったら読んでくださいね。

あのさ、
(ここからは、無名小説を前から時々見てくれてる人たちに)
もう今年もあと一か月になっちゃったね。

このホムペはじめたのが、2002年の1月だから、今年で16年だったんだよ。すごい長い。すごい長いよ。何度かリニューアルして、昔の日々の記とか、もうアップしてないけども、まぁ、たあいのないことばっかりしか、書いてないけども。

今年は、詩を発表した数が、少なくて、たぶんそうなるだろうなああと思ってたんだけど、こども向けの詩を書いてたのと、そのほかは夏に琉球新報に、秋に現代詩手帖に、それぞれ発表した二篇だけ。

本を集中して書いてるときは、どうしても、詩も含めて、ほかは止まってしまう。ほかは止まって、一つのことに集中してしまう。〆切のあるものは、そのつど書いていたけれど、それが書けたらまた、本書きに戻ってた。

来年はもうちょっと、書けるといいな。書きたいな。とか思いつつ、でも、それはそれでいいか、と思っている。よくわからない。いまは自分の中にあたらしい詩の卵みたいなのがあたためられていて、それがそのうち孵る準備中なんだろうな、ぐらいに思ってる。
まぁ、書いてみないと、わからない。書いてみるまで、なにが出るかはわからない。
それでいいや、とも思ってる。

来年の一月には、少し趣向を変えて、「旧暦のある暮らし」展を神楽坂でする予定。そのためのことも、少し少し進めているところ。

幸せとはなにか? と聞かれたら、いまここで幸せを感じられること、としか言えなくて、そうなるともう、不可能に等しい命題なのだけれど、でもじつは不可能というほどでもなくて、気の持ちよう、というと軽すぎるけれど、実際にそうで、そんな気を持てるのはどうしたらいいの? ということを見つめるのも、いいんじゃないかなあ、と思ってしまう。とりとめもなくなって来たので、このへんで。では、また!

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10月

2017.10.1日

詩と料理

お知らせにも書きましたが、「七つの草を束ねて」という詩を、『現代詩手帖』10月号に発表しました。
7月の琉球詩壇に続き、今年2篇めの、現代詩の発表となりました。ここ数年は、ぽつりぽつりとした発表が続いています。詩が書けるのも、ごくゆっくりとしたペースです。そういう時期もあるんだろうな、と思っています。
ふしぎ、というのもへんですが、ふしぎなことに、こどもにまつわる詩は、書く機会をいただいていて、そのことがありがたく、やわらかな、詩のための心の屈伸運動の場を頂戴しているような気がしています。

今回の「詩と料理」特集は、貘さんの長女、泉さんの対談をはじめ、読み応えのある作品だらけですが、巻頭の平田俊子さんの詩は面白くて吹き出してしまいました。
井坂洋子さんのエッセイが素晴らしく、現代詩の場で時に軽んじられてきた詩と詩人への捉え直しにさりげなく、精緻にふれてらして胸に落ちるものがあります。
また、藤原安紀子さんの詩誌月評で紹介されている峯澤典子さんの詩「花びらと」よかったです。とっても好い詩です。藤原さん、以前の号でも、やまもとあつこさんの詩を挙げてらして、それもうれしかったです。

それから「現代詩食堂」という、詩と料理にまつわる本の紹介コーナーでは、ヒロイヨミ社の山元伸子さんが拙著『日本の七十二候を楽しむ ─旧暦のある暮らし─』を紹介してくださいました。

現代詩食堂

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9月

2017.9.25月

いまはもう秋

ふと気づけば、四ヶ月ぶりの日々の記更新ですか、そうですか。ごぶさたしてますが、だれかいますかー。だれかー。



すみません。気が済みました。続けます。

八月のあいだは、ずうっと原稿を書いておりました。九月の前半は、宮城からいわきへ、いわきから東京へ、と旅しておりました。そして後半は、旅から帰ってまた原稿ばかり書いています。

七月って、なにしてたんでしょう。六月って。。なにも覚えてません。七月はやたらと暑かった気がします。みーんみーん。

今日は昼に、名盤ドキュメントの矢野顕子「JAPANESE GIRL」が録画されているのに気づいたので、お昼をたべながら見てました。やっぱりいいアルバムだなあ、こんなふうにできあがっていたのか、と食い入るように見てました。「電話線」なんて、奇跡の一曲だと思います。大好き。

いまは毎月の「こどものとも」の付録冊子と、月2回の琉球新報の連載エッセイ「落ち穂」とに短い文を寄せています。年末に向けてのお仕事や、今月末から来月初めにかけてのいくつかのお仕事があります。
そしてあと数日後には、ひさしぶりに現代詩を発表できます。うれしい。『現代詩手帖』10月号の「詩と料理」特集に詩を1篇寄せているので、どうぞ読んでくださいね。

ああ、そうでした。七月に琉球新報の「琉球詩壇」のコーナーで、詩を一篇発表したのでした。現代詩は、今年これが最初でした。次が数日後の手帖の詩です。

先日、家族でコザへ、大嶺實清さんの個展を見に行って、その帰りに寄ったパン屋さんの奥のカフェコーナーで、もう一篇詩を書きました。これもいつか、発表できたらな、と思いつつ。なんてことない、でも、そんな詩を書きたいな、と書いた詩です。

そうだ、七月は、神楽坂のjokogumoさんで詩のワークショップをしたんでした。あれは楽しかったなあ。それから、七草さんで、この秋のもうすぐの手帖に寄せるお料理の撮影をしたんでした。あれも楽しかったです。しみじみ、うっとり。

今月、東京では恒例の、渋谷・キのうえ「言葉を探す旅」ワークショップをしました。みんなでなんだかあったかい空間・時間ができあがって、心ゆくまで旅できました。翌日は、松下育男さんの初心者のための詩の書き方教室に見学にうかがいました。あいにく松下さんがおけがで入院されていたのですが、一人一人への詩のコメントが胸熱く、また廿楽さんがた運営のかたがたの手厚いエネルギーが参加されてるみなさんの詩のエネルギーといっしょになって、教室を詩で満たしてました。おかげさまですごく濃密な詩の一日をご一緒できました。

帰沖した足で、空港から那覇・沖映通りにかけつけて、土屋さんたちと合流した夜も楽しかったです。「TRAILer」上映で来沖されていた佐々木監督や朗読参加のカニエさん、写真評論家の倉石さんらと初対面ながら楽しく飲みました。

東京では竹内さんと、おとといは来沖されていた阿蘇さんと、詩の話をしました。ふりかえってみると、今月は詩がぎっしりの月ですね。めずらしく。ほんとうにめずらしく。これで燒リさんが沖縄にいたらなー、と思ってしまいますが、でも時々でも会えるからいいんだ。今年はいっぺん沖縄にいらしたときに、飲めたし、いっぱい話せたし、いいんだ。

あ、八月の終わりに、広島の呉へ行きました。拙童話が鶴見さんの作曲で一昨年に合唱曲になった「だれも知らない牛の話」が、呉混声合唱団のみなさまにより再演されたのです。そこにお招きいただいて、拝聴してきました。じいんとくる、素晴らしい歌声でした。呉も、初めて見た原爆ドームも、広島の街並も、胸打つものでした。ひさしぶりに学友にも会えて(コンサートにきてくれたんです。ありがとう!T田)、いい旅でした。

まだまだ書けてないことありそうですが、ひとまず近況は以上です!

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5月

2017.5.2火

近況

もう五月ですね。お知らせにアップしなきゃなことがあれこれあるのですが。。せめてこちらでちょこっと、お知らせを近況的に。

福音館書店さんの月刊絵本「こどものとも」年長さん向け版にさしはさまれる折り込み冊子「絵本のたのしみ」で、4月号から来年の3月号まで、「季節のうたごよみ」というエッセイ&ちょこっと詩の連載がはじまりました。
きほんは購読絵本なのですが、書店さんに置いてあるお店もあるみたいです。もし見かけたら、たのしい絵本たちといっしょに、はさんである冊子もどうぞ見てやってください。
すてきな挿画をカシワイさんが描いてくださっていて、毎月、拝見するのが楽しみなのです。あたたかみのあるデザインは、装丁家の辻祥江さん。

あとは『島の風は、季節の名前。旧暦と暮らす沖縄』が、全国の学校図書館に向けた選定図書に選ばれたり、読売新聞西部版に紹介していただいたり……などありつつ。あれこれ、アップが追いついておりませぬ。。またいずれ近々。。

それと、もうひとつこども向けのもの、近々お知らせできると思います。

ねじ

そういえば、前回の日記で再読したい、と書いていた『ねじまき鳥クロニクル』なんですが、じつはさっそく再読しておりました。というのも、先月の琉球新報 読書欄で紹介させてもらったんです。新刊を読んだら、ひさしぶりに読み返したくなりました、って。なので、その原稿を書くために、文庫でちょっとひもときました。やっぱりいい小説だなぁ、とつくづく。

宝物

さいきん全然ここに書いてないから、いいや、もちょっと書いちゃえ。といっても、とりとめもなく、こうしてつらつらと。
なにか最近あったかなぁ。ずうっと、家にこもってる気がするなぁ。
なにを書いたらよかんべさ。なんか書いたらいんだべな。
そうだ、わが家にかわいいやつが来てくれました。じゃん。これです。

ごぞんじですか? なつかしの絵本『しょうぼうじどうしゃじぷた』のじぷたバッジなんです。これはもう、こどものころだいすきだった絵本です。赤い小さなジープのじぷたが大活躍するのを見るのがたまらなく好きだったなぁ。これ、さいきんわが家にやってきてくれた、とってもうれしい宝物です。

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4月

2017.4.2未明

ぽっかり

すみません、2月、3月が気づけば飛んでいました。この間、いろいろとありました。お知らせなどは追々。

三月は半ばに京都へMAYA MAXXさんの展覧会を観に、夜は例の大阪・天満の呑み屋で呑んで、関西滞在24時間ほどのショートトリップをしてました。MAYAさんの絵、目に焼き付いています。天満のあの天ぷら日本酒立ち飲み屋、今回も行けたことがうれしかったです。あれから7年。

続く

まだしばらく、こんな感じが続きそうですが、とりあえず元気でやっております。村上春樹の『騎士団長殺し』読みました。関西旅行のお伴にして。読後しばらく経っての感想としては、『ねじまき鳥クロニクル』という小説の、作家の系譜の上での重要性が今回いや増したことを感じています。このトンネルを抜けたら、再読したい。

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1月

2017.1.24未明

15年

このあいだの1/20から1/21にかけての夜に、このホームページ無名小説をはじめてから丸15年が経った。

すごぉく遠い歳月に思える。たしか2002年の1月20日は土曜日で、横浜の実家でフリーランス1年目を過ごしつつ、お金をすこしずつ貯めて、早く事務所を出したいと思っていた、そんなころだった。HTMLについての薄い、簡単そうな本を買ってきて、パソコンと首っ引きでHTMLの試し書きをして、その晩にアップしたのが、はるか昔のこのページだ。

まだ当時の痕跡を残してある。ここ

ただアップするのが楽しくて、深夜に仕事が終わったあとでも、どうにか数行の詩を書いて、アップして、それから3時、4時に寝たこともあった。友達しか知らないホムペで、読んでくれているのがうれしく、毎日のように、あほなかたことの詩やらなんやらを書き付けていたなあ。

やがて現代詩の世界に足をふみいれることになり、それからいろんな出会いがあり、詩集を出すことになって、あっちへこっちへ歩いているうちに行き着いたのがいまか。なんだろうなぁ、この感じ。いまでも現代詩人というよりも、インターネットで詩を書いてたら、いつのまにかこんな場所(南国で、こもってなんか書いてるようなところ)にきておりました、という感覚のほうが自分の実感としてあるなぁ。

2003年1月24日に書いた付記を発掘したので、以下に記念カキコ(?)

元気なんかなくったって良い。
そんなことよか、お腹空くほうが大事。ピース。

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