新詩集『歌』ができるまで





6 紙のこと

本を目にするとき、それを手にとるとき、ページをめくるとき、
紙の風合や個性によって印象はさまざまにかわります。

どんな本にしたくて、そのためにどんな紙をつかうか、
eaはこまやかに、そして時には大胆に考えていきます。

セキさんのディレクションをもとに、
きのうは辻さんが紙選びをしてくださいました。

カバーにはこんな雰囲気のものを、
アクセントにする紙にはこんなものはどうだろう、と。

紙のサンプルを束ねた見本帖をめくっては、指で紙の質感をたしかめます。

慎重に選んでいるようで、また、辻さんの頭のなかには
これまでつくってきた本に使用した紙のことが入っていて、
その頭のなかのひきだしの紙も、出し入れしているようすです。

というのも「以前こんな本をつくったんですが」と見せてくださったり、
「この紙はこれこれこうなんです」と話してくれたりして
ゴトゴトひきだしが動く音がきこえてくるのです。

さて、いったいどんな本ができるのでしょう。


2010/7/1木







5 ゲラと推敲のこと

本文のレイアウトを
セキさんにいただいて、
その 紙という空間(ほんとは平面だけど)のなかに
ことばが たん、とすわっている感じがして
ふくらみをたたえて、ぽわんぽわん 詩がうたってる感じがする。

こんな擬音でしか、言いたくなれないような、
そんなふくらみが、セキさんのデザインにはあるんです。

それがどれだけ
うれしいことか。。

セキさんはいまスウェーデンなので、
レイアウトデザインは最初PDFで届いて
それをわが家のプリンタでじーころじーころ出力して
枠線にそって切ったのを
もう、ためつすがめつしながら あれこれ想像をするのです。
じっさいにこれが本になったらどんなかな。
こう開くだろ、そしたらこうみえてきて、こんなこんな読んでけるのか。
それが何ページも何ページも、どんなぐらいのか厚みになって
それを手にとるんだな。本になるんだな。
・・・なんて妄想がつづいていきます。

ほんとうに、
感謝です。。

       ☆


ようやく、5月の31日の月曜日、
こんな感じじゃないだろうか、という推敲の山場を越した気がします。
さんざん、さんざん、直さなくっていいものまで、
念のため、
と一回書き換えて、それからまた戻したりもして、
そんなこんなで一篇ずつ直してはこれでよし、いや待て、これでよし、
うーんんん、いや、あ、いやいや、うーんん。。
直したり、書いたときの気持ちをよみがえらせたり、
そんなこんなしながら。

詩誌で発表してるものもいくつか載せる予定なのですが、
そのときとすこし、あるいはだいぶ、変わってるものもあるかも知れません。
(でもそういうことは、よくあることで、あえて言うほどではないかもですが、
でもそうなんです)

ようやく推敲の山場を越して、
ああ、ようやく推敲の山場を越すなぁ、、越したのかなぁ、、たぶん越したなぁ、、
なんて、ふいぃぃ、とくったりしてるのが、翌日の夜のいまのぼくです。

ふぃぃぃぃ。

やっぱり推敲すると、詩は顔つきがかわる。
かわることでよくなるのは、
最初に書きたい、と思ったものを、初稿がうまく書き表せてないとき。

それをすこしでも「最初に書きたい」に近づけよう、近づこうとすることを
推敲でするので、まえよりはまし、という方へ進んでゆく。

逆に、へたっぴなんだけど、これがそのとき書きたいと思ったこと、
という詩を、推敲して、ことばをかえると、
いびつな、黒いものが(黒だからってわるいわけじゃないので、すが)たちこめます。
だからそういうときは、
しょーがない、と思って、元のものにしたり、
往生際悪く、多少黒くなっても、かえちゃったりします。あまりのへたっぴに耐えられなくて。
というのは本当で、詩の体裁を整えたい気持ちが勝ってしまったりもするのです。
いかんなー。とも思うけど、
でもいいやー。とも思う。
へたっぴな初稿を、いびつにしか直せない現状稿。どっちもだめだめだけど、
でも、この詩は、ここ、て気がする地点でさだめてやります。
なぜかはわかりませんが、
この詩は、ここ、て地点があるように感じられる、ような気がする、ように思う。いま。

明日は、担当の編集者さんと、
ゲラができてからの、よし行くぞ!の打ち合わせです。

セキさんがレイアウトデザインをして、
辻さんがゲラとして整えてくれた原稿を大事に抱えて
打ち合わせに行ける、この幸せよ。

コンピュータだろうが、ネットだろうが、
人の温度は伝わるモンは伝わるんだよ。

ほんとうに感謝です。


2010/6/1火







4 〈ちょっと番外編〉MAYAさんの個展へ

5月の30日までだ、と気づいたときはすべりこみ。
京都の何必館・京都現代美術館で開催中の
「飄々、MAYA MAXX展」を観に、日帰り京都往復(但し帰りは夜行バスでね)を
敢行してきました。はふー。

河原四条から祇園方面へと向かう道の途中、
何必館は町中になにくわぬ顔で佇んでいます。

1階はいってすぐの天井の高い部屋に、バババーンと100号の絵が両壁に何枚も。
虹の絵、印象的でした。ないてる神様の絵も。
2階へはエレベーターで。3階と階段でつづいています。

〈父と子〉をテーマにした動物の親子の連作が、くうぅ。。
か、かわいい。犬の足もとに、ほんとにちょこんとちいさな犬、とか。く、くうぅ。
3階は奥の壁に、百人一首から5首を選んでそれぞれに真四角の紙6つずつで描いた絵が

  □□□□□□
  □□□□□□
  □□□□□□
  □□□□□□
  □□□□□□

こんな感じでならんでます。それがね、いいんだ。。心を描いてる。心がそこにある。
歌こころ。こころは歌。そんな絵。

右には神様からの手紙やインディアンの絵、左には墨絵のマンハッタンの絵。
しみるのは、たぶん、この人が怒ってるようで、泣いてるからなのかもしれない。

そして5階へ。茶室が奥に。「飄々」と描いた絵が掛け軸に。
MAYAさんのことばが、白い紙3枚にならべて、描いてあります。
ためてためて、それから山のてっぺんから飛び降りるつもりでえいっと描くんだ。
そのことばが、心に残りました。

       ☆

MAYAさんに描いていただいた今回の詩集の装画は、
ここにならんでいる絵たちと血のつながったきょうだいなんだ、と
ひしと肌で伝わって感じられました。ひし、と。

こころが同じなんだもの。
絵はそのこころでつながっている。

ぐんとまた背を押してもらえたように、
東京へ帰ります。

そしてその週末から週明けにかけて、
またぐいっと推敲を進めたんでした。


2010/5/28金







3 ゲラをもって

ゲラがでました。

さいきんはどこへ行くにも原稿をもちあるいているのですが
きのうはあまりの煮詰まりに、
「Z公園の睡蓮がきれいだって。行ってくれば?」
と連れに促されるように行ってきました。

夕方のすこしの時間、公園の池のそばのベンチにすわって
木が風にざわざわと葉をゆらせたり、ぽちゃんと魚がはねたり、
ときたまこども(2, 3歳くらい)たちがかわるがわる道ばたに現われたり

きみはまだじぶんの詩をみつけていない、と
井川さんに言われたことばを考えながら、また手もとの詩のことを考えていました。
何を書くかがだいじだよ、と
こころをくだいて話していただけたことがありがたく、大切にうけとめて
そしてまた、じぶんの手もとの詩の原稿に目を向けます。

ときたま、こうして夕方の公園の、ざつぜんと、でもいきいきと
植物がざわめいているなかに身を置くのはいいものなのだな、と感じていました。

ひとつ詩をとりだして、あえて詩行を書き加えたり、
まっさらな紙にプリントアウトされたきれいな詩のことばに
ボールペンで手書きの字をつけたすと、
かたまっていた原稿のすきまをみつけるきっかけになるときがあります。

そうして書き込んでいるうちに、
気づいたら指の根もとを、蚊にさされてかゆくなっていました。おお。もう蚊が。

       ☆

夜まであれこれあれこれなやんで、
今日こころに留めていたのは、井川さんのことばと、
貞久さんが私の詩におっしゃってくださったことば、
それから、例によって本棚からふと気になった本をとりだしては、
みつけたことばです。

そのうちのいくつかを。

「いい詩には、ひとの心を解き放ってくれる力があります。いい詩はまた、
生きとし生けるものへの、いとおしみの感情をやさしく誘いだしてもくれます。」

(茨木のり子『詩のこころを読む』岩波ジュニア新書)その冒頭のことばです。


「理窟ならぬ主観的歌想は多く実地より出でたる者にして、古人も今人も
さまで感情の変るべきにあらぬに、」

(正岡子規「曙覧の歌」『歌よみに与ふる書』所収)
万葉集はこうなんだよ、いまもそこは同じなんだよ、と教えてくれます。


じぶんのこころがなにか動いて、詩を書きたくなります。
そのこころが動いたこと、詩を書きたくなったこと、
そこを大事にしようとする側で、私は詩を書いています。

(但、そうでない書き方もあって、それもまた楽しいことなのです。
なにか詩を書きたくなって、ことばを動かしていく、というようなのもその一つです。
そういうことも時にあります。谷川俊太郎『ことばあそびうた』などは代表的な例です)


どうしてこの詩は、なんかなんかなんだろう、、と思いながら
いっしょうけんめい書いたし、これでいいと思って書き上げたけれど、
いまよみ返すと、ものたりない……なにか、と考えてこの日を過ごしていたのですが

夜ぽつぽつとコンビニへビールを買いに行く道すがら、ふと。

発見じゃなくて、発露だ。詩の発見じゃなくて、詩の発露が大事なんだ、と
よくわからない、どっちでもよさそうなことばの差をまた考えつきます。

こころを発するように、そこにあらわになるように、と。


2010/5/25火







2 大切にしたいことは何か

何を大切にしたかったか、詩を書くなかで、詩集をつくろうと思うときに
と、第一詩集をつくろうとしていた頃のことを思い出します。
「いい詩集をつくりましょう」
そう寺西さんに言われたことばが、いまも耳に残っています。

本棚から呼ばれているような気がして、
きのうの昼間、辻征夫『私の現代詩入門』をひっぱりだしました。
ぱっとひらいたページにあったのが、こんな言葉でした。

「出発にあたってすでに完成し、いうべきことはいいつくしていると作者自身にも
感じられること、あるいはそういう地点にしか出発はありえないということ、詩と
いう文芸のむずかしさはここにもあると思うのだが」

三好達治の第一詩集『測量船』についてのエッセイにあった言葉です。

「いうべきことはいいつくしていると作者自身にも感じられること」とあります。
これは本当に、じぶんが『心を縫う』をまとめたとき、感じ、
いまなおそう感じていることです。

第二詩集の『くさまくら』は、その補という意味合いもあったかもしれません。
より見えやすいかたちで、『心を縫う』のB面であり、またじぶんのことばを
その延長へと書きつづけた詩として。

       ☆

では、と冒頭に戻りますが、
何を大切にしたかったか、をもういちどあたため、かかえ直したいと思いました。
いま、『歌』をつくっていて、どうしても雑念やエゴや欲が入り込んでくるのを
どかすように、どかしたいと思ってきて、です。

雑念やエゴや欲というのは、ようは、評価されたい、認められたいということです。
でも、そんなこと、『心を縫う』をつくるときにはなかったものです。
なにせ、
これも詩といっていいんだろうか。これも詩だろうか。
と迷い思いやっていたのですから。評価や認められるは、ある詩の枠にすでに入っていると
思ってしまっている心から出てくるものです。

そうではない。
そうであってもいいけれど、つくろうとしている詩集とは、なんら関わりがない。

       ☆

いわさきちひろが、こんなかわいいこどもたちのうえに爆弾をおとさないで、という思いをこめて
こどもの絵を描きつづけていたと、最近ものの本で読みました。

じぶんがこどもと向き合っていて感じることの一つは、こういうことなのです。
 いまこどもが隣りで寝ている。ここは日本だから、いま違うけれど、
 いま、このこどもと同じこどもが、どこかの国では、爆弾がおっこってくる現実のなかにいる。
それを最近はだいぶ減りましたが、以前は毎夜のように感じていました。

おかしいことだと。あってはいけないことと。
ちひろの思いがそうであったと知り、じぶんの思いを他の人のことばで照らし直されることでした。

詩集を出す意味とは、そうしたものでありたいです。そういうものです。

人のこころに届く詩集をつくりたいと思います。いまあらためてそう思っています。


2010/5/22土







1 秋までには詩集を

あたらしい詩集の準備は、ゆっくりとゆっくりと進んでいます。

2003年ごろに書いた詩も、
このところ書き続けてきたこどもの詩も、収めて。

装幀は、前回とおなじく、セキユリヲさんにお願いしています。
セキさんはいま北欧なのですが、向こうであれこれ、してくださっています。

それと。

びっくり、なご縁で(セキさんのおかげです)、
装画をMAYA MAXXさんに描いていただいています。。

そもそもMAYAさんに昨年6月にお会いして、がんばるんだよ、と温かいはげましをいただいて、
詩集づくりに入っていった経緯がありました。
もう絵はMAYAさんから届いていて、すさまじいエネルギーを放つ絵たちです。

去年の夏ごろはとくに苦しく、どうしようどうしようと、夜な夜な界隈を自転車でうろつきつつ、
明け方まで詩作になやみつつ、すごしていた記憶があります。

まだ、まだ、ひとつひとつ過程を大切にしながら進めていかなくてはなりませんが、
そろそろゲラができあがりそうで、だんだんといろいろな方々にまたお会いして、
ご尽力をお願いしながら、本づくりを進めていくかと思います。

おそらく、秋までには、できました、のお知らせをできるかと思います。

『歌』というタイトルで、思潮社から近刊(夏?秋?)予定です。


2010/5/21金







もくじ